〈目次〉
・はじめに――本稿の全体像
・第一章:「The Future Of Nostalgia」において提示される「ノスタルジア」の起源
・第二章:〈修復的ノスタルジー〉と〈省察的ノスタルジー〉
・第三章:幻想浮遊系音楽とノスタルジアについて――ZABADAK、志方あきこ、梶浦由記から
・第四章:故郷なき「郊外」である日本の外部としての幻想郷(東方Project)とノスタルジー
・おわりに――架空のノスタルジーの臨界点
はじめに――本稿の全体像
私たちはここで「架空のノスタルジー」について論じる。
それにあたっては、まずロシア系アメリカ人のSvetlana Boym(1959-2015)の2001年の著作である「The Future Of Nostalgia」を参照点として用いる。
次に、幻想浮遊系音楽とノスタルジアについて――ZABADAK、志方あきこ、梶浦由記のラインをなぞりつつ論じ、最後に故郷なき「郊外」である日本の外部としての幻想郷(東方Project)とノスタルジーについて論じる。
(本来であれば感傷マゾや青春ヘラ、そしてVaporwaveやDreampopについても語るべきはずだったのだけれど、ここで私のペンのインクは尽きてしまいそうだから)。
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ここで、2001年の著作である「The Future Of Nostalgia」の結論部からある一節を引用する。
プレハブ式(あらかじめ作られた作り置きの)ノスタルジーが抱える問題とは、それが私たちが未来に対処する上でなんの手助けにもならないという点にある。創造的なノスタルジーは、その時代が抱く幻想を明らかにし、まさにそれらの幻想や潜在性の中にこそ、未来は生まれるのである。人は「かつてあった通りの過去」を懐かしんでいるのではなく、「そうであったかもしれない過去」を懐かしんでいる。私たちが未来において実現しようと奮闘するのは、まさにこの「過去完了形(仮定された完璧な過去)」に他ならない(Svetlana Boym, The Future Of Nostalgia,2001,Basic Books)
以上の引用箇所について言えることは三つある。一つはそれが大雑把に言って正しい認識であるということである。現代においては「単にかつてあった通りの過去」を懐かむ側面よりもむしろ、「そうであったかもしれない過去」を懐かしむ、すなわち存在しなかった仮想の潜在性(virtualなもの)をこそ懐かしんでいるのだという状況認識は極めて的を射ていたと言えるだろう。
そして第二に言えることとしては、本書が2001年に書かれた以上は仕方がないことであるが、そのような認識はある種、(特に日本のサブカル・オタクカルチャーにおいては)自明になりつつある主張だとも言えてしまうことである。
このたびの試論では行き着くことができるか定かではないが、それ以降の展開、たとえばテン年代のVaporwaveにおいて私たちが何かノスタルジーに似た感情を覚えたとして、たしかにそれは「自分自身が経験してはいない」バブル経済や高度経済成長期へのノスタルジー、あるいはその空虚さに対する風刺と、さらに言えばその空虚さそのものを享楽するコンテンツだという事ができるだろう。
ただしこのとき、たとえばVaporwaveがボイムの言うように「まさにそれらの幻想や潜在性の中にこそ、未来は生まれるのである。」と言い切れるほどの創造性を持つだろうか。それらは私たちに美的快楽をもたらすが、マークフィッシャーが指摘するように、すべては過去の使いまわしにすぎないのではないだろうか。差異と反復の中で、その反復の中から真に新しいものは生まれうるのだろうか。
そして第三に言えることとして、本書が2001年に書かれた以上は致し方ないことであるが、架空のノスタルジーが更に加速して20年代にたどり着いた今となっては生成AIによって「思い出」はある種無限に生成されるのであり、「架空のノスタルジーの臨界点」が訪れるのではないかということである。
第一章:「The Future Of Nostalgia」において提示される「ノスタルジア」の起源
ここに、「The Future Of Nostalgia」第一部第一章「治癒した兵士たちから不治のロマンティストたちへ——ノスタルジーと進歩」より、あるひとつの文章を引用する。
「ノスタルジア」という言葉は2つのギリシャ語の語源に由来するが、その起源は古代ギリシャにはない。ノスタルジアはあくまで擬ギリシャ語、あるいはノスタルジックなギリシャ語に過ぎない。この言葉は、野心的なスイスの医師ヨハネス・ホーファーが1688年の医学論文の中で造語したものである。彼は、「『ノスタルジア』という音の力によって、故郷への帰還を願うことから生じる哀愁の気分を定義することができる」と信じていた。(ホーファーは、同じ症状を表す言葉として「ノソマニア」や「フィロパトリドマニア」も提案したが、幸いにも後者は一般用語として定着することはなかった。)私たちの直感とは裏腹に、ノスタルジアは詩や政治ではなく、医学から生まれたのである。(Svetlana Boym, The Future Of Nostalgia,2001,Basic books)
この章で論じられているのは、「ノスタルジア」という言葉はギリシャ語の言葉に由来するが、その起源は古代ギリシャの言葉そのものにあるのではなく、古代ギリシャの二つの言葉、ノストス(nostos:帰郷・故郷)とアルギア(algia: 切望・痛み)をスイス人の医師であるホーファーが合成して作り上げた言葉であるという点である。
重要なのは、このときノスタルジアとは戦争によって故郷を離れなくなってしまった兵士たちが罹患する「病」であると考えられていたという点である。
ノスタルジアは、「誤った認識」を生み出し、患者を現在とのつながりを失わせると言われていた。故郷への憧れが、彼らの唯一の執着となった。患者たちは「生気のな い、やつれた表情」を浮かべ、「あらゆるものに対する無関心」を示し、過去と現在、現実と想像上の出来事を混同するようになった。ノスタルジアの初期症状の一つは、 声を聞いたり幽霊を見たりする能力であった。(Svetlana Boym, The Future Of Nostalgia,2001,Basic books)
すなわち、当時、病として捉えられた「ノスタルジア」は故郷を離れた兵士たちに幻覚を見せ、あるいは身体的な害(吐き気、食欲不振、肺の病理学的変化、脳炎)すらも与えたとBoymは記述している。
そして、このような病としての「ノスタルジー」に対する対処は、ヒル(吸血ヒル)による瀉血(しゃけつ)、温かい催眠性乳剤、阿片(アヘン)といった現代化するとやや眉唾なものも含まれるが、通常はアルプスへの帰還が、その症状を和らげたとされている。また、胃の洗浄(催吐)も推奨されたとされているが、ノスタルジーに対する最上の特効薬(治療法)と信じられていた「母国への帰還」に匹敵するものは何ひとつとして存在しなかった。
ここで重要なのは、ここで論じられているノスタルジーとは故郷を離れることで故郷に対してアルギア(algia: 切望・痛み)を抱くという空間的、地理的なノスタルジーであったということである。
なぜなら、その後Svetlana Boymは「18世紀の終わり頃までに、医師たちは、故郷へ帰ることによって必ずしも症状が治るわけではないことを発見した」ことを記述しており、文章は「憧れの対象は、時折、祖国の境界を越えた遥か彼方の地へと移っていった」と続く。
すなわち、18世紀から19世紀の医師たちが「ノスタルジア」という病の単一の原因、いわゆる「病理学的要因」を探し求めていたものの、医師たちは患者の心や身体の中にノスタルジアの発生源を見つけることはできず、単に空間的に故郷へと帰還すれば治療される、というものではなく、ノスタルジアの憧れ(切望)の対象は、「祖国の境界を越えた遥か彼方の地」へと移っていったのである。(なお、ある医師はノスタルジアをその症状によって増幅される「心の心気症」であると主張したとされており、Boymによればノスタルジアの医学的診断が20世紀まで残っていた国は、イスラエルただ一国だけである)。
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Boymの見立てによれば、ノスタルジアとは空間的というよりむしろ時間的なものである。もちろん、言うまでもなく故郷を離れた人間が、故郷に対してノスタルジアを感じることは現代でもありうるだろう。しかし、それ以上に現代のノスタルジアとは、時間的なものとしての側面が強い(たとえばプルーストの『失われた時を求めて』を思い起こすと、そこでは空間的なノスタルジアも機能しているものの、中心にあるのは時間的なノスタルジア、過去への不可能な切望である)。
これらについてBoymの言葉を借りるのであれば、現代的なノスタルジアとは「神話的な回帰の不可能性、すなわち明確な境界と価値観を備えた魅惑的な世界の喪失に対する哀悼」である。それは、「精神的な憧れ、絶対者へのノスタルジア、肉体的かつ精神的な「故郷」、歴史に入る前の時間と空間のエデンのような統一性に対する、世俗的な表現」として表される。
第二章:〈修復的ノスタルジー〉と〈省察的ノスタルジー〉
さて、ここで本題に入る前に私たちはBoymの「The Future Of Nostalgia」から二つの中核的な概念を取り出さなくてはならない。それが、〈修復的ノスタルジー〉(restorative nostalgia)と〈省察的ノスタルジー〉(reflective nostalgia)という二種類の概念である。
修復的ノスタルジーはノストス(nostos:帰郷・故郷)に重点を置き、失われた家を再構築し、記憶の欠落(ギャップ)を埋めて修繕することを提案します。省察的ノスタルジーはアルギア(algia:切望・痛み)、すなわち「切望と喪失」そのもの、そして記憶という「未完のプロセス」の中に留まります。 第一のカテゴリーに属するノスタルジックな人々は、自らをノスタルジックだとは考えていません。彼らは自分たちのプロジェクトが「真理(絶対的な正解)」に関わるものだと信じ切っているのです。この種のノスタルジーは、世界中で見られる国家主義的・ナショナリズム的な復興運動を特徴づけています。それらの運動は、国家的シンボルや神話への回帰、そして時には陰謀論の交わし合いを通じて、歴史の「反現代(アンチモダン)的な神話形成」に加担します。 修復的ノスタルジーが過去の記念碑(モニュメント)の「完全な復元・再建」として自らを顕現させるのに対し、省察的ノスタルジーは廃墟(ルイン)や、歴史と時間がもたらすパティナ(経年変化の味わい・古色)、そして「別の場所、別の時代についての夢」の中に佇み(たたずみ)続けるのです。(Svetlana Boym, The Future Of Nostalgia,2001,Basic books)
前者、すなわち修復的ノスタルジーについては現在のアメリカを例に取ると分かりやすいかもしれない。「偉大なるアメリカ」の復権、すなわち修復を目指しながらも彼らはそれを「ノスタルジー」であるとは考えておらず、ひとつの真理であると考えている。もちろん、それは日本においても偉大なる日本を復権させようとする運動があったのなら修復的ノスタルジーであると言えるし、たとえばロシアにろイギリスにせよ、それぞれの国家に特有のノスタルジーがあり、それを修復しようとする運動もまた存在するのである。
後者、すなわち省察的ノスタルジーはむしろ「別の場所、別の時代についての夢」の中に佇み(たたずみ)続ける」ものであり、あるいは「架空の過去を、架空の未来を」夢見続けるものである。
第三章:幻想浮遊系音楽とノスタルジアについて――ZABADAK、志方あきこ、梶浦由記
私は帰ってきた
いちども行ったことのないその場所へ。
何ひとつ変わっていなかった、それがそうではなかった頃のままで。
テーブルの上(市松模様の
テーブルクロスの上)に、半分だけ満たされた
決して満たされることのなかったグラスを
私は再び見つけた。すべてが
そのまま残っていた、まるで
私が一度もそこ
を去らなかったかのように。
この詩はイタリアの詩人ジョルジョ・カプローニ(Giorgio Caproni)による名詩 『Ritorno』(≒『帰郷』)である。
この詩についてBoymは、「一見すると古典的な帰郷(ホームカミング)を主題にしているかのようだ」と述べる一方で、むしろ逆のことを主張する。
しかし、この詩において提示されているのは「ネガティブ・スペース(負の空間/実在しない空間)」への帰還にほかなりません(そこは「一度も行ったことのない場所」であり、「グラスが満たされたことなど一度もなかった場所」であり、「一度もそこを去ったことのない場所」なのです)。
ジョン・アッシュベリーは「引き返せない地点(帰還不能点)への帰還」について書きました。対してカプローニが語るのは、「出発のない帰還」です。ここにおいて、失われた家(故郷)と見出された家(故郷)との間には、いかなる関係性も結ばれてはいないのです(Boym, Svetlana “The Future of Nostalgia”, 2001, BASIC BOOKS, p352)。
つまり、ボイムによるのならイタリアの詩人ジョルジョ・カプローニによる『Ritorno』(≒『帰郷』)という詩は、単なる帰郷ではなく、「ネガティブ・スペース(負の空間/実在しない空間)」への帰郷として提示されていることになる。
ではここで、「幻想浮遊系」とも言われる日本の民族音楽的ロックユニット「ZABADAK」から、「Psi-Training」(1993)という曲の歌詞を引用したのならば。
出かけるの(rara)
tra ra Psi-Training
懐かしい知らない場所
鳥たちの(rara)
tra ra Psi-Training
奇跡の旅へ
「ZABADAK」とは1985年結成のユニットであり、叙情的なプログレッシブ・ロックとケルト民謡的なサウンドメイキングと、上野洋子の透明感あふれるボーカルや幾重にも重ねられたコーラスワークが印象的な、どこか民族的でノスタルジックな感傷を呼び起こすような音楽を作り続けてきた。
その中でも「Psi-Training」(1993)においては「出かけるの」と歌われたのち、「懐かしい知らない場所」という不可能な名詞が続く。
また、タイトル「Psi-training」は「超感覚的な追跡」あるいは「精神-追跡」のように訳すことができると思われる。加えて、歌詞に「鳥たちの奇跡の旅」とあることを踏まえると、渡り鳥が何千キロも離れた目的地やかつての巣穴に帰っていくことを、「超感覚的な追跡」として、「懐かしい知らない場所」への果てしない旅路として捉えなおしたものが「Psi-Training」だと言うことができる。
ここで筆者が強調したいのが、1990年代とはもはや都市化によって日本は都市と郊外に分けられ、もはや「故郷」が喪失された時代なのではないか、ということである。たとえば細田守のアニメ映画『サマーウォーズ』のような親戚が一同に会するひと夏の思い出、のような経験、あるいは場所を持った人間は1990年、あるいはその前後から加速度的に減っていったのではないだろうか。
そこで要求されるものこそが「ここではないどこか」であり、私たちは「そこ」に行ったことがないにも関わらず、「そこ」に対してアルギア(algia: 切望・痛み)を感じるのであり、そのような「懐かしい知らない場所」に対する切望、それこそが省察的なノスタルジーなのである。
また、このような「懐かしい知らない場所≒ここではないどこか」を民族音楽という道具立てによって顕現させた歌手として志方あきこの名前を挙げることができる。志方あきこはアルバム『緑の森で眠ル鳥』(2001)の中の一曲である「Notte」において極めて異国的なサウンドと、日本語ではないオリジナルの言語での歌唱によって、「ここ≒資本主義化の都市と郊外に分断され、もはや故郷の存在しない日本」からは遠く離れた「言語すら異なる森の中の世界」と、その「ここではない」異国の世界へのノスタルジーを音楽においてひとつのモニュメントとした。
最後に、作曲家であり作詞家でもある梶浦由記は特にテレビ版の「魔法少女まどか☆マギカ」(2011)において独自の言語を用いた異国情緒漂うBGMを用いることで、作品世界をより「ここではないどこか」として純化させていると言うことができ、そこにはある種のアルギア(algia: 切望・痛み)そしてノスタルジアが結晶化されているとも言うことができるだろう。
第四章:故郷なき「郊外」である日本の外部としての幻想郷(東方Project)
以下が大雑把な捉え方であることは理解しているが、仮にもはや日本が都市と郊外に分断され、郊外こそが日本そのものであるという命題が成立するのだとすれば。
前述の通り、もはや日本は郊外化し、ノストス(nostos:帰郷・故郷)としての故郷はほとんど存在しえない。
そうであるからこそ、私は1996年より始まった「東方project」について、あるいはその内的世界である「幻想郷」について筆を執るのである。
まず初めに説明しておくのなら、「東方project」とは日本の同人サークル・上海アリス幻樂団による弾幕シューティングゲームや音楽CD、書籍などからなるコンテンツの総称である。舞台となるのは「幻想郷」と呼ばれる、日本にはあるものの結界によって外界とは隔絶されており、人間、妖怪、神様、幽霊、妖精などが共存する幻想的な、一見すると都市化以前の「古き良き日本」を体現したような幻想的な秘境である。
ここで、筆者が注目するのはその音楽である。まずは、入江遜考による「東方くら寿司論」(ゼロ年代研究会『リフレインVol.2』(2023)より)より一節を引用する。
入江遜考氏は、東方のBGMが持つある種の懐かしさ、日本らしさについて、以下のように音楽理論的な観点から分析する
(中略)日本の民謠音階を使ひ、日本っぽさを演出するためである。いわゆるニロ拔き、「La Si Do Re Mi Fa So」のSiとFaを拔いた音、つまりLaから數へて二番目と六番目の音が拔かれてゐることからさう呼ばれてゐる。このニロ拔き音階は日本の民謠によくある音階で、それっぽさを出すにはうってつけなのである。また、Chord進行であるが、これは巷ではZUN進行と呼ばれてゐて、Degree Name(Laを1として數へる讀み方)で6→7→1とChordが進んでいく進行がさう呼ばれてゐる。これは、坂本龍一の『戦場のメリークリスマス』のChord進行と同じものであり、これもOrientalismが出るやうなChordになってゐるのである。では、東方の曲は日本っぽさを打ち出してゐるのであれば、樂器も日本由來のものを使ってゐるのかと云へば、全くさうではなく、MainはPiano とTrumpet( 所謂ZUNペット)で構成されてゐる曲が多い。最近はTrumpetは抑へ氣味ではあるが、Pianoは今でもMainで使はれることが非常に多い。ここでお氣づきかと思はれるが、すべてが「それっぽさ」で成り立ってゐるのである。樂器は西洋っぽく、中身は東洋っぽいそんな中途半端さが東方音樂の正體と言へる(ゼロ年代研究会『リフレインVol.2』(2023).p149-150)
すなわち、ここで主張されていることは、東方projectにおける音楽が日本の民謡音階を使い、日本ぽさを演出することで私たちのノスタルジーを刺激しながらも、その内実は学期はトランペットを使っていたり、和洋折衷でよくもわるくも「樂器は西洋っぽく、中身は東洋っぽいそんな中途半端さ」を持つということである(そしてその中途半端さゆえに人々の切望を、省察的なノスタルジアを刺激すると筆者は解釈している)。
筆者としては、そのようなある種「ごちゃまぜ」の傾向は民族音楽においても見られたものであると考えており、その原動力は1990年代前後より失われた、「ここではないどこか」への切望(algia)であり、それはBoymの枠組みで言えば、一つの極として「省察的ノスタルジー」の形を取っているのではないかということであり、「幻想郷」とはそのようなノストス(nostos:帰郷・故郷)への帰郷がもはや不可能な私たちにとっての究極のアルギア(algia:切望・痛み)なのではないか、ということである。
おわりに――架空のノスタルジーの臨界点
この原稿において私はすべてを語り切ることができなかった。本来の予定であれば、
「もはや存在しないものへのノスタルジア――感傷マゾ、青春ヘラ」
「VaporwaveおよびDreamcoreとノスタルジアについて」
「美少女ゲームにおけるノスタルジー:Liar Soft「腐り姫」「水月」から」
という三つの章が存在したものの、現在の私ではそれを語り切ることができなかった。
加えて、最後に語るべきこととして、Svetlana Boymの著作である「The Future Of Nostalgia」(2001)にはそれが2001年に発行されているがゆえの限界が存在しており、それは結論部分におけるインターネットに対する楽観的な見解であったり、アメリカに対する単純化した見方にも象徴される。しかし、何より重要なのはテン年代、そして20年代を迎えるにあたってVaporwaveやDream coreの出現、そしてAI生成の急激な発展。これらによってもはや事態はBoymすらも予想していなかった次元へと突入しているのかもしれない。それこそが、AI生成によるノスタルジアの無限的なノスタルジーの生成であり、「架空のノスタルジーの臨界点」である。(了)
【参考文献】
・Svetlana Boym ,The Future Of Nostalgia,2001,Basic Books
・ゼロ年代研究会『リフレインVol.2』(2023)
【謝辞】
「The Future Of Nostalgia」については細々とDiscordで読書会を行っていたのですが、参加してくださった、「感傷マゾ」のかつて敗れていったツンデレ系サブヒロイン〈@wak〉さん、「青春ヘラ」のペシミ〈@pessimstkohan〉さん、エーミール〈@Emile_apple〉さん、参加ありがとうございました。多くの知見と示唆を得ることができました。

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