執筆者:星屑(2022年執筆)
ある雪の夜、山奥に一軒の木のお家がありました。あたりは降り積もった雪で幾重もの層をなし、どこまでも真っ白な夜のなかに、ぽつんと光を灯していました。その家からはオーロラが見えました。時折、白い天使が夜空を飛び交う姿や、そのまま空のてっぺんまで物凄い速さで飛んでいき、星々の型にはまったりする様子も見られました。
その家に住んでいるのはおじいさんだけです。誰ひとり訪ねてくる人はいません。暖炉の前で手作りの木の椅子に腰掛け、ゆらゆらと揺れながら温かいミルクでまどろみ、ここではないどこか遠くを夢に見て眠りにつくのがおじいさんの毎日でした。古い椅子は傾き、時折ぎぃと小さく音を立て、暖炉の火はぱちっと微かに跳ねていました。
おじいさんは窓の外を眺め、いつものように天使たちが夜空を行き交う姿に安心しながら、外の世界がどうなっているのか、一面に広がる雪で覆われた地面は一体どこへ繋がっているのか、ということを何十年も考え続けました。
おじいさんがオーロラを眺めては天使の星を見つめている頃、遠くの町の少年はインターネットの掲示板を眺めては、初めて見た単語を検索し、「ふうん、こういうのがあるんだ」とひとり呟きました。調べては忘れ、調べては忘れ、少年がそれを何度も繰り返しているうちに、膨大な量の知識は有り余る言語を食べつくし瞬く間に消化され、どこかへ流れてゆきました。「おまえはバカだな、それ二年前も調べたぞ」と僕たちの頭を突如殴ることもなく、たいへん物分かりのいいシステムのなかで勘違いを重ねています。肝心なときにはいつも「あれ、何だったっけ」と言い、また検索エンジンを開く。その全てをコンピュータだけが知っていた、見ていた、記憶していたのです。知識のエアバッグはまぼろしでした。タイムラインを目で追いながら、人たちは世界を見つめていました。誰かが入力した文字だけで、向こう側にいる人の心まで透けて見えてしまう、そのような視力が発達しました。どうやらブルーライトには何らかの害があるようで、次第に僕たちは夜空を飛び交う天使を捉えることができなくなり、ついには天使の色彩を認識する視力を完全に失ってしまったのです。
僕が探していたのは、世界の果ての、そのもっと果てにある片隅でした。枯れない葉、風に乗らない砂、埃ひとつない空気、光を捉えない黒目、五時三七分を指したまま止まっている時計、セピア色の街を駆け抜けて、世界の果てまで行けば、三次元の存在しない場所へ辿り着けるだろうか。僕は永遠に閉じ込められて、そこから出られなくなってしまいたい、そんなことを140字に押し込み、いつものように「ツイートする」の青ボタンをタップしました。その瞬間、僕の思想は言語化されて漂い、一瞬誰かの目に留まってはすぐに流れて見えなくなるのでした。
その頃おじいさんは暖炉の椅子に腰掛けて「世界の果てが見てみたかった。そこではもっとたくさんの天使たちが綺麗な星を描くのだろう」と遺書に記し、天使たちと夜空を飛び交いました。
おじいさんの遺書が誰かに見つかることも、山奥の家が発見されることも、永遠にありませんでした。

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